バウハウス/デ・スタイル/日本の美意識を考える

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生まれた時代と場所から読み解く、三つのデザイン思想の違い

モダンデザインを学ぶと必ず登場する
バウハウス、デ・スタイル派、そして日本の美意識。

一見すると「装飾を排したシンプルなデザイン」という共通点がありますが、
生まれた時代、場所、社会状況がまったく異なるため、思想もデザインの方向性も大きく違います。

ここでは、それぞれが
「いつ・どこで・なぜ」生まれたのか
という視点から、デザインの違いを見ていきます。

バウハウス

1919年・ドイツ|産業社会のためのデザイン

バウハウスは、1919年、ドイツのワイマールで創設されました。
第一次世界大戦直後、社会は疲弊し、
旧来の装飾的で階級的な美術は、時代に合わなくなっていました。

この時代背景の中で生まれたのが、
「芸術と工業を統合する」という思想です。

バウハウスが向き合った現実は明確でした。
大量生産、都市化、一般市民の生活。

美は特権階級のものではなく、生活の中で機能するものであるべきだ、と考えました。
そのため、デザインは人の動作、使い方、合理性から逆算されます。

装飾が少ないのは禁欲的だからではなく、
社会に必要な形を突き詰めた結果です。

バウハウスのデザインには、
人間中心の思想と、未来への前向きな明るさがあります。
一方で、個人の感情や詩的な揺らぎは、あまり重視されません。

デ・スタイル派

1917年・オランダ|普遍秩序を求めた抽象のデザイン

デ・スタイル派は、1917年、オランダで生まれました。
同じく第一次世界大戦期ですが、

彼らの関心は社会改革よりも、世界の本質的な構造にありました。
戦争によって、宗教、伝統、国家といった価値観が崩れる中で、
「感情や文化を超えた、普遍的な秩序は存在するのか」
という問いに向き合います。

その答えとして選ばれたのが、
水平と垂直、直線、原色という、極端に抽象化された要素でした。

デ・スタイルのデザインは、
生活の快適さを最優先しません。
人間は主役ではなく、秩序の中の一要素として扱われます。

そのため、空間や家具には、
強い緊張感と静けさが漂います。
これは冷たさではなく、
世界を感情ではなく理性で理解しようとした結果です。

日本の美意識

古代〜近世日本|自然と時間の中で育まれた感性

日本の美意識は、特定の年や運動から始まったものではありません。

平安時代の雅、
室町時代の茶の湯、
江戸時代の簡素な暮らし。

長い時間をかけて、日本という土地と自然環境の中で育まれてきました。
地震や四季、湿度の高い気候。

自然は常に変化し、人はそれを支配できない。
この前提が、美意識の根底にあります。

そのため、日本のデザインは完璧や永遠を目指しません。

欠け、歪み、経年変化。
それらを含めて美とします。

形は、強く主張せず、
感じ取るための余白を残します。

この美は、
人と物、時間と記憶の関係性の中で完成していきます。

生まれた背景が生んだ、デザインの違い

バウハウスは、
工業社会の中で、人の生活を整えるために生まれました。

デ・スタイル派は、
混乱する世界の中で、普遍的な秩序を探すために生まれました。

日本の美意識は、
自然と共に生きる中で、感じ取る力を磨くことで育まれました。

同じ「引き算のデザイン」に見えても、

その背後にある問いはまったく違います。

現代デザインへの視点

現代のデザインやサイレントラグジュアリーにおいて重要なのは、
この三つを知ったうえで、どう重ね合わせるかです。

合理性だけでは無機質になり、
秩序だけでは人から遠ざかり、
感性だけでは伝わらない。

構造を理解し、機能を満たし、
それでも語りすぎない。

このバランスこそが、
今、世界で求められているデザインの姿なのかもしれません。

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この記事を書いた人

ジュエリーデザイナー26年
ジュエリー職人4年 CAD1年
ジュエリーブランドディレクター10年
製作が好きで飛び込んだジュエリー業界で様々な経験を積みながら
品があるデザイン、上質といえる技術を模索。
”静寂なる輝き”を極める旅を続けています。

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