――美とは、世界の見え方――
人が「美しい」と感じるとき、それは単に形や色の問題ではありません。
その背後には、「世界をどう見るか」という文化的な視点が潜んでいると考えます。
東洋と西洋の美意識の違いは、まさにその世界の捉え方の違いから生まれました。
東洋の美意識 ― 「調和と無常」の美
東洋において、美とは自然と人が響き合うところに生まれます。
完璧さではなく、不完全の中に宿る気配を尊ぶ。
日本の「わび・さび」はその象徴です。
時間の深みや、人の心の余白を感じ取ります。
東洋の美は、完成よりも生成、その過程や朽ちていく姿までも愛する美です。
また、「無常(すべては移ろう) 」という思想が根底にあります。
花が咲き、散り、また咲くように、
人生も一瞬の光であり、その儚さこそが尊い。
だからこそ、移ろいの瞬間を静かに味わう感性――
それが「もののあわれ」や『陰翳礼讃』に通じる美のあり方です。
東洋の美とは、変化の中に調和を見いだす心の姿勢。
西洋の美意識 ― 「理想と構築」の美
西洋では、美は「真理」や「理想」を形にすることと考えられてきました。
古代ギリシャの彫刻に見る比例・均整・調和は、人間の“理想像”を追求する試みでした。
ルネサンス期には遠近法が生まれ、
世界を理性の目で構築するという発想が生まれます。
つまり、西洋の美は、理念(イデア)を形にする意志の美です。
芸術は、神や思想、そして近代以降は「個人の精神」を可視化する場になりました。
印象派、キュビズム、抽象絵画など、
表現の中心は「外の世界」から「内なる世界」へと移り変わります。
美とは、精神の現れであり、理想を可視化する行為。
二つの美が出会うところ ― 「静けさの中の自由」
東洋は“自然と調和する美”を尊び
西洋は“理念を構築する美”を追い求めてきました。
その二つが交わるとき、
生まれるのは「自律的で、しかし自然に呼吸する芸術」でしょうか。
20世紀以降の建築やデザインでは、
東洋的な余白や静けさと、西洋的な理想と構造が融合していきます。
この融合は、現代のアートやファッション、ジュエリーにも息づいているように思います。
「完璧に作る」だけでなく、「自然の不完全さを活かす」。
それが今、最も洗練された静寂のラグジュアリーかもしれないと、考えています。
美とは、心の成熟のかたち
最終的に、東洋も西洋も同じものを求めています――それは真理。
ただ、その道筋が異なるのです。
- 西洋は、理念によって世界を照らそうとした。
- 東洋は、影の中に光を見出そうとした。
どちらも、美を通して「生きるとは何か」を問う試みです。
静けさの中にある強さ、
不完全の中に宿る完全。
心が澄むほど、世界はより美しく見えてくるのです。
形を超えて
美とは、心の姿勢というふうに考えられます。
東洋の静けさと、西洋の理念が調和したとき、私が理想とする美が見えるのかもしれません。
そしてそれは、ジュエリーやアートという“形”を通して、誰かの心にも静かに伝わっていく。
静寂の中に光を宿すこと。
それこそが、時代を超えて通じる、美の本質ではないか、と考えているのです。

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