デザインを売る会社が、なぜ社内のデザインを評価できないのか

企業は、デザインされた商品を販売し、
ブランドの世界観を語り、高級感や独自性を顧客に届けようとします。

商品の魅力を高めるために、デザインが重要であることは、
多くの企業が理解しています。

ところが、その商品を生み出す社内では、
デザインが完成するまでに、
どのような思考や工程が必要なのかが十分に理解されていないことがあります。

私は、この矛盾を長い間、不思議に感じてきました。

目次

完成した形は見えても、そこに至る過程は見えにくい

デザインは、商品の価値を高めます。

同じ素材や機能を持つものでも、
造形、使い心地、背景にある物語、
ブランドとの一貫性によって、顧客が感じる価値は変わります。

特にジュエリーやファッション、
家具、工芸など、感性と選択が深く関わる分野では、
デザインは装飾的な要素ではなく、商品価値そのものに近い存在です。

しかし、会社の内部では、
完成した商品やデザイン画は見えても、
そこに至るまでの過程は見えにくくなります。

デザイナーが一つの提案を形にするまでには、たとえば次のような工程があります。

  • ブランドがこれまで積み重ねてきた歴史や背景を読み解く
  • 市場や競合商品の変化を調べる
  • 顧客像やペルソナを考える
  • 顧客がまだ言葉にできていない欲求を探る
  • 商品をつくる目的や役割を整理する
  • コンセプトを設計し、言葉にする
  • 複数の方向性をつくり、比較する
  • ブランド全体との一貫性を検討する
  • 素材、構造、価格、製造方法、使用感を一つの形に統合する
  • 試作と検証を繰り返し、細部を調整する

これらは、デザイン画を描く前から始まっています。

むしろ、何をつくるべきかを考え、
方向を定める段階にこそ、多くの時間と思考が必要です。

ところが、その工程が社内で共有されていないと、
デザインは「絵を描くこと」や「形を考えること」だけだと思われてしまいます。

その結果、デザイナーが調査し、考え、比較し、言語化している時間は、
正式な工程として認識されず、
単に「まだ形になっていない時間」に見えてしまうのです。

問題は「給与に含まれていること」ではない

社内デザイナーの仕事が給与の範囲に含まれること自体は、当然のことです。

問題は、給与に含まれているかどうかではありません。

問題は、会社がデザインに必要な仕事を分解し、
それぞれの工程に何が必要で、
どの程度の時間がかかるのかを把握できていないことです。

ペルソナを設定することも、
ブランドの背景を調べることも、
コンセプトを設計することも、
デザイナーが個人的な関心で行っているわけではありません。

それらは、感覚だけに頼らず、
理由のあるデザインをつくるために必要な業務です。

ブランドとして一貫した商品を生み出すためには、造形を始める前に、

「誰に届けるのか」

「その人は何を求めているのか」

「このブランドだからこそ提供できる価値は何か」

「なぜ今、この商品をつくる必要があるのか」

という問いを整理しなければなりません。

こうした前提が曖昧なままでは、
デザイナーは限られた情報から条件を推測し、
後から出てくる要望に対応しながら、何度も方向を修正することになります。

それでも最終的に形が完成すると、
途中で行われた調査、検討、調整は見えなくなります。

完成までに多くの時間がかかった理由も、
どのような問題を解決したのかも共有されず、
最後に残ったデザイン画だけが「デザイナーの仕事」として認識されます。

しかし、専門性が現れるのは、完成した一つの形だけではありません。

何を選び、何を捨て、どの条件を優先し、なぜその形にしたのか。

その判断の蓄積にこそ、デザインの専門性があると私は考えています。

外部に依頼すると、デザインの工程が見えるようになる

企業がブランドを見直すとき、
外部のデザイン会社やコンサルティング会社に依頼することがあります。

その場合には、多くの場合、業務の内容があらかじめ明文化されます。

調査、
分析、
顧客設定、
コンセプト開発、
ブランド設計、
言語化、
ビジュアルの方向づけ、
ガイドラインの作成。

それぞれが工程として区切られ、
必要な期間と成果物が示され、見積書が発行されます。

外部の専門家を活用すること自体には、大きな意味があります。
社内にはない視点や知識、経験を取り入れることで、
新しい方向が見えることもあります。

ここで注目したいのは、外部に依頼すると、
これまで見えにくかったデザインの過程が「業務」として可視化されることです。

顧客像を考えることにも時間が必要である。

ブランドの歴史を整理することにも専門性がある。

コンセプトを言葉にすることも成果物の一つである。

複数の方向を比較し、判断基準をつくることも、重要な仕事である。

外部との契約では、それらが具体的な項目として示されます。

一方、社内デザイナーが同じように調査し、
顧客を考え、コンセプトをつくり、
ブランド全体との一貫性を検討していても、
その工程が業務計画に含まれていなければ、周囲からは見えません。

外部だから専門性が生まれるのではありません。

外部に依頼すると、専門性と工程が言語化され、
必要な時間と成果物が明確になるため、その価値を認識しやすくなるのです。

見えない工程を把握しなければ、時間の見積もりもできない

デザインの過程が理解されていないと、
仕事に必要な時間も正しく見積もれません。

企画の背景や顧客像が共有されないまま、
「デザイン案を何日までに」と依頼される。

コンセプトを考える時間は設定されていないのに、
ブランドらしい提案を求められる。

十分な調査や比較を行う時間がないまま、
独自性や完成度を要求される。

提案の理由を説明すると、「そこまで考えなくてもよい」と思われる一方で、
完成後には「もっとブランドらしさがほしい」と求められる。

こうした状況は、デザイナー個人の能力だけで解決できるものではありません。

高い完成度を求めるのであれば、どの工程が必要で、
それぞれにどれだけの時間がかかるのかを、組織として理解する必要があります。

デザインの時間とは、手を動かしている時間だけではありません。

調べる時間、
観察する時間、
考える時間、
比較する時間、
言葉にする時間、
試す時間、
検証する時間も含まれます。

一見すると何も生み出していないように見える時間が、
後の判断の精度を大きく左右します。

デザインを分解すると、専門性が見えてくる

社内デザイナーの専門性は、造形を考える力だけではありません。

ブランドの過去を読み解く力。
市場の小さな変化を察知する力。
顧客の言葉にならない欲求を捉える力。
抽象的な価値を、具体的な形や体験に変換する力。
素材、製造、価格、使いやすさ、美しさなど、複数の条件を統合する力。

さらに、単発の商品をつくるだけでなく、
複数の商品に共通する判断基準をつくり、
ブランドとしての一貫性を蓄積する力もあります。

完成した一枚のデザイン画だけでは、こうした専門性は見えません。

けれど、この見えない仕事がなければ、
商品はその都度の思いつきや好みに左右されます。

一つひとつの商品が美しくても、
ブランドとして何を大切にしているのかが伝わらず、長期的な価値は蓄積されません。

だからこそ、企業はデザインの仕事を「完成した形」だけで評価するのではなく、
そこに至る過程を理解する必要があります。

結果を求めるなら、情報と権限も必要になる

社内デザイナーに結果を求めるのであれば、
その人がどの段階から仕事に参加しているかを見る必要があります。

商品の方向性、顧客像、価格、販売方法、納期がすべて決まったあとで造形だけを任せ、
売れなければデザインの責任とする。

それでは、責任と権限が釣り合いません。

また、デザイナーに「もっと経営目線を持ってほしい」と求めながら、
顧客や販売に関する情報を十分に共有しない。
重要な意思決定には参加させない。
予算、人員、開発期間、評価基準を決める権限も与えない。

その状態で、ブランド全体の結果まで求めることには無理があります。

デザイナーを、決められた条件を形にする作図担当者として位置づけるのか。

それとも、顧客のまだ言葉になっていない感覚を捉え、
事業の方向を具体的な形にする専門家として位置づけるのか。

この違いは、肩書きだけで決まるものではありません。

どの段階からプロジェクトに参加するのか。

どのような情報が共有されるのか。

調査や検討のための時間が確保されているか。

どこまで判断する権限があるのか。

そのような、実際の仕事の設計に表れます。

外部の提案を社内に残すためにも、デザインへの理解が必要になる

外部から優れた提案を受けても、
社内にそれを理解し、判断し、継続して運用する仕組みがなければ、
変化は一時的なものになります。

新しいロゴやコンセプトが発表されても、
商品開発、接客、広報、評価制度が以前の判断方法のままであれば、
やがて元に戻ってしまいます。

ブランドは、外部の会社から納品されて完成するものではありません。

社内の人が、日々の小さな判断を積み重ねることで育っていくものです。

外部の専門家による成果を社内に定着させるためにも、
デザインがどのような工程から成り立ち、
何を基準に判断されるものなのかを、
組織が理解する必要があります。

だからこそ、外部への投資と同時に、
社内のデザイン業務にも、必要な情報、検討時間、権限、学習機会を与えることが大切です。

社外に出た瞬間に、専門性が生まれるわけではありません。

社外に出ると、これまで見えなかった工程に名前がつき、
必要な時間と成果物が示されることで、
専門性が見えやすくなるだけです。

社内にすでに存在している専門性を見つけ、
その工程を理解し、組織の力として活かし、蓄積できるかどうか。

そこに、その会社がデザインをどのように捉えているかが表れるのだと思います。

その、デザインの評価の仕組みづくりをきちんとしないと、
企業内でのデザイナーは十分に力を発揮できません。

次の記事では、デザインマネジメントを学んだことで見えてきた、
デザイナー個人の努力と経営判断の境界について考えます。

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この記事を書いた人

ジュエリーデザイナー26年
ジュエリー職人4年 CAD1年
ジュエリーブランドディレクター10年
製作が好きで飛び込んだジュエリー業界で様々な経験を積みながら
品があるデザイン、上質といえる技術を模索。
”静寂なる輝き”を極める旅を続けています。

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