「人生の課題は、学びによって解決できる」
私は、そのような期待も持ちながら、
TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム)で
デザインマネジメントやデザイン経営について学びました。
長年抱えてきた違和感に、理論や方法を与えられれば、
会社のなかで状況を変えられるかもしれない。
自分に足りなかった言葉を得られれば、
経営にデザインの価値を伝えられるかもしれない。
けれど、学んだあとに見えてきたのは、
解決方法だけではありませんでした。
個人の努力では越えられない境界線も、
以前よりはっきりと見えるようになったように思います。
デザインマネジメントは、デザイナーの調整能力ではない
デザインマネジメントという言葉は、デザイナーが周囲とうまく調整し、
予定どおりに制作を進めることだと受け取られる場合があります。
しかし、本来はそれだけではありません。
企業がどのような価値を生み出すのか。
その価値を商品、サービス、空間、言葉、顧客体験へ、どのように一貫して表すのか。
そのために、どのような人材、予算、プロセス、評価基準が必要なのか。
それを組織として設計し、運用することがデザインマネジメントです。
したがって、一人のデザイナーが努力するだけでは成立しません。
営業、製造、広報、経営が目的を共有し、
会社として運用する必要があります。
知識が増えても、権限は増えない
デザインマネジメントについて学べば、組織に必要なことが分かります。
- デザインを経営の早い段階から取り入れる
- 部門を超えて目的を共有する
- ブランドの判断基準をつくる
- 顧客体験を一貫させる
- 短期的な数字だけでなく、中長期的な価値を評価する
しかし、それを知った一人のデザイナーに、
予算、人員、評価制度、意思決定の権限が自動的に与えられるわけではありません。
会社が採用しなければ、できるのは提案までです。
デザインにどれだけの予算を配分するのか。
どの段階からデザイナーを意思決定に参加させるのか。
誰に最終判断の権限を与えるのか。
売上以外に何を成果として評価するのか。
これらは、現場の工夫だけでは決められません。
経営者がデザインを経営課題として位置づけ、
資金と権限を配分する必要があります。
「理解されていない」のではなく、「選択されていない」
私は長い間、デザインの価値が理解されていないのだと思っていました。
だから、漠然と、売上がデザインで急激に伸びないのは、
自分の実力不足のようにも感じたし、
デザイン業務が多岐に渡れば渡るほど、一人でクオリティを上げるのには限界を感じ、
余計に実力不足にも感じる。
成果を示せば認められる。
経営が理解できる言葉に置き換えれば、いつか投資してもらえる。
けれど、何年経っても、実践しても変わらないのであれば、
それは単に理解されていないのではなく、
会社がどうやらデザインの価値に投資をしないだけ、ということだと、
考え始めたのです。
- 既存の方法を変えない
- 社内のデザインには追加投資をしない
- デザイナーに権限を与えない
- 長期的なブランド価値より、短期的な効率や利益を優先する
それも、一つの経営判断です。
経営者が選んだ優先順位を、
「私がもっと努力すれば変えられるはず」と引き受け続ければ、
本来は経営が負うべき責任まで、デザイナーが背負うことになります。
デザインの価値は、短期的な売上だけでは測れない
デザインには、すぐに数字にならない価値があります。
- ブランドの一貫性
- 顧客が感じる信頼
- 他社とは異なる世界観
- 値引きをしなくても選ばれる力
- 商品を超えて残る企業イメージ
- 次の商品を判断するときに使える社内の基準
これらは、今月の売上や原価率のようには測れません。
しかし、長い時間をかけてブランドを支える資産になります。
数字になりにくいことと、経済的価値がないことは同じではありません。
商品の継続率や定番化、
値引きせずに販売できる力、
顧客から選ばれる理由、
開発の手戻り削減、
デザイン資産の蓄積、
部門を超えた一貫性など、
複数の指標からデザインの働きを捉えることはできます。
しかし、何を成果として扱い、
どの時間軸で評価するのかを決めることも、経営の仕事です。
測れないから価値がないのではなく、
測るべきものを会社がまだ定めていない可能性があります。
学びによって、自分を責めないための境界線が見えた
TCLで学んだことで、自分の感じてきた違和感には、
理論的な根拠があったと分かりました。
問題は、自分のデザイン能力や説明力だけではなかった。
デザインマネジメントには、経営の意思と権限が必要だった。
個人が変えられる範囲と、経営者にしか変えられない範囲があった。
それが分かったことは、私にとって大きな学びでした。
学びは、必ずしも目の前の会社を変えるためだけにあるのではありません。
変えられないものを見極め、自分が力を注ぐ場所を選び直すためにもあります。
これから問うべきこと
これまでは、「この会社を変えるために、私はもっと何をすべきか」と考えてきました。
けれど、これからの問いは違うのかもしれません。
デザインに投資しない会社のなかで、
私はこれ以上、自分の時間と能力を投資するのか。
自分が学んできたこと、実践してきたこと、
20年以上かけて培った判断力を、これからどこで、誰のために使うのか。
経営者が方針を変えれば、会社が変わる可能性はあります。
しかし、経営者が変わることを前提に、デザイナーが待ち続けなければならないわけではありません。
経営者にしかできない決断を、デザイナーの努力で代替することはできない。
デザインに投資するかどうかは、デザイン部門だけの問題ではありません。
会社がどのような価値を未来に残したいのかという、経営の意思そのものです。
誰が決断すべき問題なのかを、正しい場所へ戻すこと。
そして、自分の時間と能力をどこに投じるのかを、自分自身で選び直すこと。
私は今、その地点に立っているように、感じています。

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