Designing for Sensibility|感受性をひらく学び #08_感受性の社会実装

目次

学びを、学びのままで終わらせない

TCLでの学びを通して、私は改めて考えるようになりました。

学ぶことは、とても大切です。
新しい知識に触れること。
これまでと違う視点を得ること。
自分の中にある問いを言葉にすること。

そして

本当に大切なのは、
学んだことを、どう社会にひらいていくか。
自分の仕事や表現に、どう接続していくか。
誰かの行動や感覚が少し変わるきっかけに、どう変換していくか。

TCLで学んだことは、私にとって単なる知識ではありませんでした。

それは、私がこれまでジュエリーデザインを通して向き合ってきた
「人の心は、何によって動くのか」
「私はなんのために、デザインをするのか」
という問いを、社会の中へ広げるための学びでした。

私の問いは、ひとつの軸になった

私が持ち続けている問いがあります。

感受性が高まると、人は幸せになれるのか。

この問いは、私にとってとても個人的なものでもあります。

自分の「好き」や「美しい」を信じること。
自分の違和感をなかったことにしないこと。
他人の基準だけでなく、自分の感覚で人生を選ぶこと。

そうしたことは、人が自分らしく生きるために、とても大切だと感じています。

けれどTCLでの学びを通して、この問いはさらに少しずつ広がっていきました。

感受性が高まると、人は他者の不自由に気づけるのか。
感受性が高まると、人は人にやさしくなれるのか。
感受性が高まると、社会は少し豊かになるのか。

感受性は、個人の内面だけのものではない。
人と人の関係性や、社会の空気にも関わるものなのではないか。

そう考えるようになりました。

違和感を、問いに変える

この学びの連載の中で何度も出てきたのが、違和感という感覚です。

違和感は、ただの不満ではありません。
自分の中の感受性が、何かを受け取っているサインです。

なぜ、ここでは人が人に気づきにくいのか。
なぜ、やさしい行動が少し恥ずかしく感じられるのか。
なぜ、便利な社会なのに、人は孤立しやすいのか。
なぜ、情報が増えているのに、本当に大切なものは見えにくくなるのか。

こうした違和感を見過ごさず、丁寧に見つめること。
そして、それを問いに変えること。

そこから、社会実装の入口が生まれるのだと思います。

大きな社会課題は、最初から大きな言葉で見えているとは限りません。
日常の中の小さな引っかかりや、言葉にならない感覚の中に、
次の問いが隠れていることがあります。

だから私は、これからも違和感を大切にしたいと思っています。

ジュエリーから、社会へ

私は長く、ジュエリーデザインに関わってきました。

ジュエリーは小さな造形です。
けれど、その小さなものが人の心を動かすことがあります。

身につけた人が、自分らしさを思い出す。
日常の中で、少し背筋が伸びる。
大切な記憶に触れる。
自分の中の美意識を確かめる。
静かに心が整う。

ジュエリーは、単なる装飾ではなく、
人と自分自身の関係を結び直すものでもあると思っています。

TCLでの学びは、その視点をさらに広げてくれました。

人と自分の関係だけでなく、
人と他者の関係。
人と社会の関係。
人と空間の関係。

そこにも、デザインは関われるのではないか。

ジュエリーで向き合ってきた「心が動く瞬間」を、
社会の仕組みや教育、空間、言葉の中にも応用できるのではないか。

そう考えるようになりました。

研究所というかたち

これから私は、感受性について考え、実践し、発信していく場として、
研究所のようなあり方を育てていきたいと思っています。

それは、学術だけの場所ではありません。
また、商品を売るためだけのブランドでもありません。

人がよりよく感じること。
自分の感覚を取り戻すこと。
他者の存在に気づくこと。
美意識を持って選択すること。
そして、その感受性を社会の中で活かしていくこと。

そうしたことを、研究し、表現し、実践する場です。

私の中では、研究所は次のような活動につながっています。

Research
感受性、美意識、行動、幸福について考え、言葉にしていくこと。

Jewelry
感受性を身につける造形として、ジュエリーをつくること。

Education
自分の感覚や美意識を育てる学びを届けること。

Consulting
ブランドや空間、商品、企画に感受性の視点を取り入れること。

Publications
ブログや文章、講演を通して、考えを社会にひらいていくこと。

これらは別々の活動ではなく、
すべて「感受性を社会に実装する」というひとつの軸でつながっています。

感受性を、社会に実装するとは

感受性を社会に実装するというと、少し大きな言葉に聞こえるかもしれません。

けれど私が考えているのは、
何か巨大な仕組みを一気につくることだけではありません。

人が自分の感覚に気づける言葉を届けること。
日常の中で美しさに立ち止まれるジュエリーをつくること。
自分の「好き」や違和感を大切にできる教育をつくること。
公共空間の中で、人が人に気づきやすくなる仕組みを考えること。
見えにくいやさしさを、花や光のように可視化すること。

そうした一つひとつの実践が、感受性の社会実装なのだと思います。

感受性は、目に見えにくいものです。
けれど、目に見えにくいからこそ、形にする必要があります。

言葉にする。
造形にする。
体験にする。
仕組みにする。
空間にする。

そうやって、個人の内側にある感覚を、社会の中で共有できるものにしていく。

それが、私がこれから続けていきたい実践です。

強い変化ではなく、静かな変化を

私は、社会を変えるという言葉に、少し慎重でありたいと思っています。

大きな声で正しさを語ること。
誰かを責めること。
一つの価値観を強く押し出すこと。

そうした方法だけが、社会を変える手段ではないと思うからです。

私が目指したいのは、もっと静かな変化です。

誰かが、自分の感覚を少し信じられるようになる。
誰かが、日常の中の美しさに気づく。
誰かが、自分の違和感をなかったことにしない。
誰かが、隣の人の不自由に気づく。
誰かが、小さなやさしさを行動に移す。

そのような変化は、目立たないかもしれません。
けれど、人の生き方や社会の空気を少しずつ変えていく力があります。

強い刺激ではなく、
静かに、深く、長く心に残るもの。

それが、私が大切にしたい変化です。

美意識は、社会の判断基準になる

この連載を通して、感受性と美意識について何度も考えてきました。

美意識とは、美しいものを選ぶ力だけではありません。

何を大切にするのか。
どんな行動を美しいと思うのか。
どんな社会でありたいと思うのか。
どんな関係性を心地よいと感じるのか。

そうした判断の積み重ねも、美意識だと思います。

もし社会が、効率や強さや速さだけでなく、
静かなやさしさ、余白、配慮、気づき、品格を美しいものとして扱えるようになったら。

社会の判断基準は、少し変わるのではないでしょうか。

感受性を育てることは、
個人の幸福だけでなく、
社会の美意識を育てることにもつながる。

私はそう考えています。

これからの実践へ

TCLで学んだことは、私にとって終わりではなく、始まりでした。

問いを育てること。
違和感を大切にすること。
やさしさを個人の性格だけでなく環境から考えること。
見えない価値を可視化すること。
デザインを、モノだけでなく関係性を変えるものとして捉えること。
感受性を、自分らしく生きる力として考えること。

これらは、これからの私の活動の土台になります。

ジュエリーをつくること。
文章を書くこと。
講座をつくること。
ブランドや空間を考えること。
社会に向けて発信すること。

そのすべてを通して、私は
「感受性が高まると、人は幸せになれるのか」
という問いを探究していきたいと思っています。

そして同時に、
「感受性が高まると、社会は少しやさしくなれるのか」
という問いにも向き合っていきたい。

感受性の社会実装を続けていく

この連載は、ひとつの答えではありません。
むしろ、問いを社会にひらくための記録です。

まだ実験の途中です。
まだ言葉になりきっていないこともあります。
まだ形になっていない構想もあります。

けれど、問いを持ち続けること。
考えたことを言葉にすること。
小さな実践に変えていくこと。

その積み重ねが、やがて研究になり、作品になり、教育になり、社会への提案になっていくのだと思います。

感受性とは、世界を受け取る力であり、
自分と他者と社会の関係を結び直す力である。

その力を、個人の内面だけに閉じ込めず、
社会の中で活かしていくこと。

これから私は、研究所というあり方を通して、
感受性の社会実装を続けていきたいと思います。

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この記事を書いた人

ジュエリーデザイナー26年
ジュエリー職人4年 CAD1年
ジュエリーブランドディレクター10年
製作が好きで飛び込んだジュエリー業界で様々な経験を積みながら
品があるデザイン、上質といえる技術を模索。
”静寂なる輝き”を極める旅を続けています。

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