「用の美」と、人間にとって本当に大切なもの
「人は、ただ生きるだけなら、美しいものは必要ない。」
これは一見、
合理的な考え方に見えます。
確かに、
生存だけを考えるなら、
最低限の食事、
最低限の道具、
最低限の機能、だけでも、
人は生きていけます。
それでも人間は、古代から現代まで、
器を美しくし、
服を装い、
空間を整え、
ジュエリーを作り続けてきました。
なぜでしょうか。
人間は、「気持ち」を生きている
動物にも、快・不快はあります。
しかし人間は、それだけではありません。
• 美しいと感じる
• 意味を見出す
• 空気を感じる
• 象徴を作る
• 思い出を重ねる
• 物語を感じる
つまり、
“精神的な世界” を持っています。
だから人間は、
単に生き延びるだけでは、満たされません。
• 綺麗な空間にいたい
• 好きな服を着たい
• 美しい器で食べたい
• 気持ちが整うジュエリーを身につけたい
それは、機能を超えた行為です。
でも実は、その「機能を超えた部分」こそが、
“人間らしさ”
なのだと、考えています。
「美しい」は、気持ちを変える
例えば、
同じ料理でも、
雑に置かれたものと、丁寧に盛られたものでは、
感じ方が変わります。
味だけではなく、
“気持ち”
が変わるのです。
以前、柳宗理が、
「人はただ食べるだけではなく、
美味しそうに盛り付けることで、
気持ちを大切にしている」
というような考え方を語っていたのを読み、
とても共感しました。
これは、
単なる装飾の話ではありません。
人間は、
“気持ちよく生きたい”
という欲求を持っている、ということだと思うのです。
美しさは、贅沢ではない
現代では、
「美」は贅沢品のように扱われることがあります。
しかし本来、
美しさとは、
“心を整えるためのもの”
だったのではないでしょうか。
例えば、部屋が散らかっていると、
気持ちも落ち着かない。
逆に、静かな空間や、
美しい道具に囲まれると、
呼吸が整うような感覚がある。
つまり美しさには、
感情や精神状態を調整する力
があります。
だから、
ジュエリーやファッションも、
単なる装飾ではなく、
「感情設計」
に近い存在なのだと思います。
また、柳宗理の「用の美」の書籍には、
美しい人が、上等の着物を着ると、
より一層美しさが増し、よさがひきたつ、
という内容も共感しました。
美しい人に、美しいジュエリー。
それには、ジュエリーにも美人をひき立てるための、
ほどよい輝きだったり、
サイズだったり、の上品さはもちろん必要となります。
AI時代だからこそ、「美意識」が重要になる
AIによって、
効率化や合理化は、
さらに進んでいきます。
しかし、
合理性だけでは、人間は満たされません。
むしろ、
情報が増え、刺激が強くなる時代だからこそ、
• 静けさ
• 余白
• 心地よさ
• 気持ちが整う感覚
の価値は、
大きくなっていくように感じます。
だからこれからは、
「目立つラグジュアリー」
より、
「心を整えるラグジュアリー」
が、
求められていくのかもしれません。
美しさとは、人間らしさを守ること
私は、
ファッション、ジュエリーやデザインの本質は、
単なる装飾ではなく、
“人間らしさを守ること”
にあると思っています。
だからこそ、美意識は、
時代が変わっても消えない。
むしろ、
AI時代だからこそ、
人間にしか感じられない“美しさ”の価値
は、
さらに
重要になっていくのだと思います。

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