Designing for Sensibility|感受性をひらく学び #01_なぜ今、「感受性」が大切なのか

Designing for Sensibility|感受性をひらく学び #01_なぜ今、「感受性」が大切なのか

「人生の課題は、学びによって解決できる」そのような言葉に引き寄せられるかのように、TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム」を受講しました。

3ヶ月の土曜日コースで、デザイン×ビジネスの先端の知識とデザインを生み出す具体的な経験を通じて、戦略性と感性を同時に持つハイブリッド人材を育成する、というプログラムで、私自身は、デザインマネジメントやデザイン経営、組織や社会にデザインマネジメントをどう活かしていけるのか、とう難題を解決したく、応募しました。

(現在は、リニューアル準備中で受講生募集は休止中)

その、怒涛の3ヶ月を駆け抜け、脳みそから熱がでるほど使った日々もひと段落したので、その受講により考えたこと、得たことを、記すことにします。

#01は、感受性について。

目次

情報が多すぎる時代に、人は何を失っているのか

私たちは今、沢山過ぎるの情報に囲まれて生きています。

スマートフォンを開けば、
ニュース、広告、SNS、誰かの意見、誰かの暮らしが、次々と目に入ってきます。

都会の街では、歩くだけで、
看板、音、光、人の流れ、
急かされるような空気に包まれています。

便利になった一方で、私たちの頭や心は、いつも何かを処理し続けているように忙しい。
そして時間に追われています。

その中で、人は自分を守るために、
無意識に多くのものを見ないようにしている、という話を聞きました。

田舎では、田んぼと空しかない世界。
海と空しかない世界。

一方都会に出てくると、様々な人が行き交い、看板や電光掲示板が我こそはと主張し、
情報が多い。
色味だけでも、非常に疲れる。
動く人間を見ているだけでも疲れる。
そして、人々はお互い行き交うだけで、疲れる。
単なるニュースではなく、目から、耳から、人から、
全部の情報が多すぎて疲れるのです。

人の脳みそには当然情報処理の限界があります。

人に興味がないのではなく、
他人に冷たくなったのでもなく、
あまりにも多くの情報の中で、
自分を保つために、感じる力を閉じている。

そう考えると、現代の社会には、単に情報を増やすことではなく、
人が人たる感性を研ぎ澄ますためには、静けさ、静寂が心に必要とされているように
思います。

感受性は、個人の内面だけのものではない

「感受性」という言葉を聞くと、
繊細さや芸術的な感覚を思い浮かべる人も多いかもしれません。

けれどここでの感受性は、もっと広いものです。

まず、感性とは、何を指すのか?
多摩美術大学名誉教授の小穴 晶子先生による「感覚の美学」という授業にて定義されていました。

感性=感覚+想像力(イマジネーション)
感性とは、単に感覚的な能力ではなく、
感覚に想像力が加わったもので、
想像力とは、良さについての思考(=哲学)から感覚的イメージを生み出す力だ、と説明があります。

美しいものに気づく力。
小さな違和感を見過ごさない力。
自分の心が何に動いたのかを受け取る力。
そして、誰かの不自由や痛みに気づく力。

感受性は、自分の内面を豊かにするだけではありません。
他者や社会との関係を結び直す力でもあるのです。

たとえば、電車の中で席を必要としている人に気づくこと。
道に迷っている人の表情に気づくこと。
誰かが少し困っている空気を感じ取ること。

そうした小さな気づきは、すべて感受性とつながっているように思います。

つまり感受性は、個人の性格や才能だけの問題ではなく、
社会の中で人と人がどう関わるかにも関係しているのです。

やさしさは、気持ちだけでは生まれにくい

「もっと人にやさしくしましょう」
「困っている人を助けましょう」

そう言うことは簡単です。

けれど現実には、やさしくしたい気持ちがあっても、行動に移せないことがあります。

忙しい。
周囲の目が気になる。
声をかけてよいのかわからない。
自分が間違っていたらどうしようと思う。
そもそも、困っている人に気づく余裕がない。

そう考えると、やさしさは個人の心がけだけに任せていては、
なかなか社会に広がりません。

必要なのは、
人が自然に気づける環境。
行動しやすくなる仕組み。
小さな配慮が生まれやすい空気。

つまり、やさしさを「個人の性格」ではなく、
社会のデザインの問題として考えることが大切なのではないでしょうか。

TCLで学んだこと

TCLでの学びを通して、私は「デザイン」の捉え方が
今まで以上に整理され、また大きく広がりました。

これまで私は、ジュエリーデザインを通して、
人の心がどのような形に動くのか、
どのような造形に美しさや記憶を感じるのか、
長い間向き合ってきました。

けれどTCLで学ぶ中で、
デザインはモノを美しくするためだけのものではないと、
改めて感じました。

デザインは、人の行動を変えることができる。
人と人の関係性を変えることができる。
社会の中に、新しい気づきのきっかけをつくることができる。

その学びは、私にとってとても大きなものでした。

美しいものをつくること。
人の心を動かすこと。
そして、社会の中に小さな変化を起こすこと。

これらは別々のことではなく、
深いところでつながっているのだと思います。

感受性を、社会に実装するには

私が今考えている大きな問いは、

感受性が高まると、人は幸せになれるのか。

ということです。

そしてTCLでの学びを通して、この問いはさらに広がりました。

感受性が高まると、人は人にやさしくなれるのか。
感受性が高まると、社会は少しずつ豊かになるのか。

感受性を高めることは、単に芸術を楽しむことや、
自分の好きを見つけることだけではありません。

自分の心に気づくこと。
他者の存在に気づくこと。
社会の中にある小さな不自由に気づくこと。
そして、それを少しでも変える行動につなげること。

そこまで含めて、
私は「感受性を社会に実装する」ということを考えていきたいと考えています。

静かな変化を生むために

社会を変えるというと、
大きな改革や強いメッセージを想像しがちです。

けれど私は、もっと静かな変化にも大きな意味があると思っています。

誰かが少し立ち止まる。
誰かが隣の人に気づく。
誰かが小さな行動を起こす。
その小さな行動が、また別の人の心を動かす。

そうした静かな連鎖が、
社会の空気を少しずつ変えていくのではないでしょうか。

感受性は、目に見えにくいものです。
けれど、私たちが何に気づき、何を選び、
どう行動するかを支えている、とても大切な力です。

だからこそ今、感受性を個人の内面だけに閉じ込めるのではなく、
教育、空間、デザイン、商品、言葉、仕組みを通して、
社会にひらいていく必要があると感じています。

これからの連載について

この連載では、TCLでの学びを通して考えたことをもとに、
感受性をどのように社会に実装できるのかを、少しずつ言葉にしていきます。

やさしさは、どのように生まれるのか。
人は、どのような環境で他者に気づけるのか。
デザインは、人の関係性をどう変えられるのか。
そして、感受性が高まることは、人の幸せにどうつながるのか。

まだ答えは一つではありません。
けれど、この問いを持ち続けること自体に、意味があると思っています。

感受性とは、世界を受け取る力であり、
自分と他者と社会の関係を結び直す力である。

この視点から、これからの学びと実践を記録していきたいと思います。


TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム」は、現在リニューアル準備のため新規応募休止中ですが、最新情報はこちらを確認ください。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ジュエリーデザイナー26年
ジュエリー職人4年 CAD1年
ジュエリーブランドディレクター10年
製作が好きで飛び込んだジュエリー業界で様々な経験を積みながら
品があるデザイン、上質といえる技術を模索。
”静寂なる輝き”を極める旅を続けています。

コメント

コメントする

目次