ラグジュアリーブランドには、
それぞれ、
“何を美しい力とするのか”
という思想があります。
同じ「強さ」でも、
- 自立
- 権威
- 意志
- 圧倒的存在感
その表現は、
ブランドによって大きく異なります。
今回は、
「強さ」や「力」を、どのように美へ変換したのか
という視点で、
いくつかのブランドを考えてみたいと思います。
CHANEL が美しいとした“自由”
CHANEL は、
女性の“自立”を、
美しさとして提示したブランドです。
ココ・シャネルは、
当時の女性たちを、コルセットや過剰装飾から解放しました。
黒、
シンプルなライン、
機能性、
無駄のない造形。
そこには、
「女性は、自由に生きてよい」
という思想があります。
CHANELが表現した強さは、
誰かに守られることではなく、
“自分の意志で立つこと”
だったのだと思います。
Cartier が象徴する、意志を持つ女性像
Cartier の美しさは、
ただ甘く、優しいものではありません。
そこには、
自分の意志で立つ女性
媚びない強さ
内側に核を持つ品格
があります。
その象徴が、やはり Panthère de Cartier です。
パンサーは、単なる動物モチーフではなく、
自由で、しなやかで、少し危険な美しさを持つ存在です。
可愛らしさよりも、意志。
従順さよりも、自立。
守られる存在ではなく、自分で人生を選び取る女性。
Cartier が描いてきた女性像には、
そうした強さがあります。
だからCartierのジュエリーは、
「幸せそうに見えるためのもの」というより、
自分の人生を、自分のものとして生きるためのジュエリー
に近いのかもしれません。
そこには、
優しさや幸福感とは別の、
“美しく生きる覚悟”のようなものがあります。
Graff が置いた価値は、デザインよりもダイヤモンドそのもの
一方で、Graff は、
Cartierなどとは、また異なる価値の置き方をしているブランドです。
Graff は、女性像や物語を前面に出すというよりも、
ダイヤモンドそのものの価値や権威を強く打ち出してきたブランドだと思います。
つまり、Graff における主役は、
デザインの思想というより、
圧倒的な石の美しさ
大きさ
希少性
品質
資産性
です。
もちろんGraffにも美しいデザインはあります。
けれど、そのデザインは、
石を語らせるためのフレームであり、
ダイヤモンドの存在感を最大限に引き出すためのものに見えます。
Van Cleef & Arpels が物語を売り、
Cartier が意志ある女性像を売るとしたら、
Graff は、
「最高級のダイヤモンドを所有する」という価値そのもの
を売っているブランドなのだと思います。
そこには、
夢や可愛らしさというよりも、
もっと直接的な、
富
成功
格
圧倒的な希少性
があります。
だからGraff は、
デザインブランドというより、
“ダイヤモンドの王者”のような立ち位置に近いのかもしれません。
なぜ人は“強さ”に惹かれるのか
人は、
弱さだけでは生きていけません。
だからこそ、
- 自立
- 権威
- 意志
- 圧倒的存在感
に、
美しさを感じる。
ただし重要なのは、
“どんな強さを、美しいと思うのか”
です。
美意識とは、「どんな力を選ぶか」なのかもしれない
CHANELは、
自由な意志を。
Cartierは、
自立した姿勢を。
Graffは、
圧倒的な希少性を。
それぞれ、
“力”を異なる形で美へ変換しています。
そして私たちは、
ブランドを選ぶ時、
無意識に、
「どんな生き方に惹かれるのか」
を、選んでいるのかもしれません。
Cartier は、意志を持って生きる強い女性像を。
Graff は、ダイヤモンドそのものが持つ価値と権威を。
それぞれのブランドは、
単にジュエリーを作っているのではなく、
どんな美しさを信じているのか
どんな生き方を肯定しているのか
を、形にしているのだと思います。
だから私たちは、
ブランドを選ぶ時、
無意識に、
「どんな生き方に惹かれるのか」
を、選んでいるのかもしれません。
華やかに生きたいのか。
軽やかに楽しみたいのか。
静かに品格を持ちたいのか。
強く、自分の意志で立ちたいのか。
あるいは、圧倒的な価値を所有したいのか。
ブランドの世界観、ブランドの思想。
ジュエリーとは、
ただ身につけるものではなく、
自分が信じたい美しさを、そっと選び取るもの
なのだと思いました。

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