― デザインとは「形」ではなく、生き方そのものだった ―
最近、社会人講座の学びの中で、「ソーシャルデザイン論」に触れる機会がありました。
最初は、
「社会課題をデザインで解決する話なのだろう」
くらいに思っていました。
けれど、実際に学び始めると、そこにはもっと深い問いがありました。
それは、
“あなたは、どんな価値観で生きているのか”
”デザイナーが必要な社会的倫理観とは”
というような内容でした。
ソーシャルデザインとは何か
一般的にソーシャルデザインとは、
- 社会課題を解決するためのデザイン
- 人と人の関係性をより良くする設計
- 地域や社会の未来を考える活動
などと言われます。
けれど私は、学びながら、
ソーシャルデザインとは、「社会に対する態度」そのものだ
と感じました。
つまり、
- 何を大切に生きているのか
- 何を美しいと思うのか
- 誰を幸せにしたいのか
- どんな未来を残したいのか
- 社会のどんな課題が見えているか
- 社会の問題に対する姿勢はどんなか
そうした“人生の思想”が、デザインの根底に現れる。
だから本当は、
デザインとは「形をつくること」ではなく、
“価値観を社会に実装すること”
という重要性がわかり始めたので、
社会人講座を受けており、
そこを理解すると、もっと社会に貢献できるように
考えています。
デザイナーに求められるのは「感性」だけではない
以前の私は、
デザイナーとは、
- 美しいものを作れる人
- センスがある人
- 発想力がある人
なのだと思うところがありました。
けれど、ソーシャルデザイン論を学ぶ中で、
本当に問われるのは、
「どう生きているか」
もっと、毎日の、もっと社会性をもったもの
なのだと感じました。
例えば、
- 人との向き合い方
- お金との付き合い方
- 他者への敬意
- 欲望との距離感
- 社会への責任感
そういう“日常の姿勢”そのものが、
デザイン、価値の創出に出る。
どれだけ綺麗なものを作っても、
- 生き方が乱れている
- 他者を傷つける
- 自分だけが得をしようとする
- 消費だけを煽る
そういう在り方では、
本当に社会課題を解決するデザインは無理
ということです。
どこか作品にもノイズが出るのだと思います。
逆に、
静かでも、誠実で、
他者を尊重し、
自分の軸を持っている人の作るものには、
説明できない“品”が宿る。
「お金との付き合い方」にも、美しさは現れる
特に印象的だったのは、
お金との向き合い方も、その人の思想そのものだ
ということです。
ただ稼げばいい、
ただ売れればいい、
という考え方ではなく、
- 何にお金を使うのか
- 誰から受け取るのか
- どんな方法で利益を得るのか
- その利益が誰を幸せにするのか
そこにも“美意識”が必要なのだと感じました。
デザインも経営も、
本来は切り離されたものではなく、
「どう社会と関わるか」
という一つの態度なのかもしれません。
だからこそ、「人として尊敬できる」が美しい
派手ではなくても、
- 誠実で
- 社会課題に関心が高く
- 自己の生活の中でやれることをやり
- 顧客のためを優先に仕事を組み立て
- 欲望だけで動かない
そういう姿勢そのものに、
私は深い尊敬を感じる建築士がいます。
先日、お金の稼ぎ方、に関しても話していました。
実に、自身の倫理観が確立し、
ごまをするための献金や謝礼は一切うけとらない、
いわば、健全な金銭取引しかしない、
そのような姿勢です。
「どう生きているか」
に、その人の本当の美しさが現れると感じています。
そしてそれは、
デザインにも、
作品にも、
人生にも、
静かに滲み出ていく。
美しいデザインとは、美しい生き方から生まれる
本当に人の心を動かすものは、
テクニックだけでは作れないように思います。
その人が、
- 何を信じ
- 何を大切にし
- どんな社会を望み
- どう生きているのか
その積み重ねが、作品に深みを与える。
だから私は、
これからの時代のデザイナーに必要なのは、
「センス」だけではなく、
“社会に対する態度”
なのだと思っています。
そしてそれは、
ジュエリーという小さな世界にも、
確実に現れるのだと感じています。
周りにお手本となる人々がいることに感謝し、
私も毎日の小さなことからでも、
自身の倫理観、美意識に基づいた行動をしたいと
心新たに思いました。


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